Hironoshin Furuhashi, a Japanese who gave hope to post-war Japan 敗戦後の日本に希望を与えた日本人「古橋 廣之進」

Hironoshin Furuhashi, a Japanese who gave hope to post-war Japan 
 敗戦後の日本に希望を与えた日本人「古橋 廣之進」 
 
この記事を書こうとしてネット検索して驚きました。奇しくも「古橋 廣之進」さんは、この2日にローマで亡くなられていました。
「フジヤマのトビウオ」として世界に知られた日本人「古橋 廣之進」。
ご苦労様でしたと言いたいです。
私も幼い頃より、「古橋 廣之進」の苦労話は聴いています。食べるものが少なくて、少量の梅干入りの「おむすび」だけで世界新記録を出したと聴いています。
私の幼い心に、このエピソードはかなり刺激を与えています。
私が食べ物に、さほど関心が無いのも、この話と関係していると思っています。
「人間、粗食でも力が出せるんだ~」という認識が心に定着しているみたいです。
人間の体は必要な養分は、変換して造り出せると言う話も聴いた事があります。
食べる事にそれほど「意」を持たなくても良いんじゃないかと思ったことがあります。

ということで、小学5年だったと思うんですが、健康診断で「栄養失調」だと判定されたことがあります。
何故でしょう。それは、毎日の食事がご飯と梅干と生姜のみだったからです。特に、生姜の漬物が異様に好きになり、「凝って」しまったからです。

それ以後は反省して、他のものも食べるようにしましたが・・・。

そういう経験もあり、日本に希望を与えた日本人「古橋 廣之進」さんは、私にとって
忘れえぬ人です。(2009)


■古橋 廣之進(ふるはし ひろのしん、1928年9月16日 - 2009年8月2日[1])は日本の水泳選手であり、スポーツ指導者でもあった人物である。

1928年9月16日、静岡県浜名郡雄踏町(現・浜松市)にて生まれる。日本大学法文学部(現在は法学部)政治経済学科卒業。

第二次世界大戦終了後の水泳界で次々と世界記録を打ち立てて「フジヤマのトビウオ」の異名を取った。

現役引退後は大同毛織社員として活動した後、母校・日本大学の教授や日本水泳連盟会長、日本オリンピック委員会会長を歴任した。

2009年8月2日に世界水泳選手権が開かれていたイタリア・ローマにて客死。

1949年に日本の国際水泳連盟復帰が認められ廣之進ら6選手が全米選手権に招待されて参加し、400m自由形4分33秒3、800m自由形9分33秒5、1500m自由形18分19秒0で世界新記録を樹立しアメリカの新聞では「フジヤマのトビウオ」(The Flying Fish of Fujiyama)と呼ばれた。

   出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(2009)

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